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【9月17日 MODE PRESS】サムスンファッション研究所によると、韓国のSPA市場は、2008年の5,000億ウォンから2011年には1兆9,000億ウォンと、3年間で約4倍もの規模に拡大している。  韓国ファッション市場全体の規模は約29兆5,000億ウォンで、SPA市場が全体に占めるシェアは6%台に過ぎない。しかし、直近4年間でファッション市場全体の成長率が3.9%ということを考慮すると、SPA市場の成長性は非常に魅力的であるといえる。 ■勢いのあるSPAブランド  日本でも馴染みのある韓国発のSPAブランドFOREVER21をはじめ、シンプルでベーシックなアイテムを揃える若者向けブランド8secondsや、韓国出身の女性アイドルグループ4MINUTEとコラボをするなどして注目を集めるSPICY COLORなどが人気どころである。 ■海外進出を前提とする戦略規模  イーランドグループのSPAO、MIXXO、LGファッションのTNGTに続き、サムスングループの一社である第一毛織(株)が2012年に立ち上げたばかりのSPAブランド8secondsは、ブランドの立ち上げ前からスペインのSPAブランド「MANGO」とパートナー関係を結び、委託販売形式でSPA市場の可能性を探っていったそう。2020年には国内外で300店舗、売上1兆5,000億ウォンの目標を掲げ、世界的なSPAブランドに成長することを目指しているのである。  2011年に登場したエイダイムのSPICY COLORは「ザ・K POPファッション」という印象が強く、ネオン使いやビニールなどの特殊素材使いが特徴的であり、「万人受け」という従来のSPAブランドとは一風変わったテイストを発信している。K POPカルチャーブームが起きているマレーシアの伊勢丹デパートの他、シンガポールなどにも進出している。 ■ 海外進出に成功する秘訣とは?  韓国企業はブランド影響力を重んじ、現地の市場のニーズに応じた製品を開発している。韓国LG経済研究院の金氏によると、「ブランド影響力は韓国製造業が成功を収めた最も主要な要素の1つである。韓国で最も成功したブランドとして挙げられるサムスンを例にすると、米国市場を開拓するため、サムスンは製品販売の2年前から米国市場向けの宣伝を強化した。このような方式でサムスンブランドは米国国民の心に深く印象づけられた。多くの米国人がサムスンのことを知っている中で、実際にサムスン製品が米国市場に出回ると、このブランド効果が奏功した。」と述べた。  将来的に、韓国のSPAファッションもサムスン電子や現代自動車のような世界的ブランドに成長するのであろうか。今後の戦略から目が離せません。【大田明弥】 【8月19日 MODE PRESS】今や私たちの生活にすっかり定着してきているネット通販。2009年には3.36兆円だった小売業のネット通販の市場が2012年には9.1兆円規模へと拡大し、野村総研の試算によると2016年には14.5兆円の市場が見込まれていると言う。  私自身も現在韓国ブランドを取り扱うネット通販サイトの「ISHOO」のディレクションをしていることもあり、今回のコラムでは日本における韓国のネット通販を探っていこうと思う。 ~韓国ネット通販の勢いとは?  韓国のネット通販の中でも代表的なサイト「D HOLIC」。しかしサイト内では「韓国」や「Korea」というワードを公開していないが他社の韓国ネット通販サイトと類似している点があるため総称されている。 ■勢いのある韓国ネット通販サイトの共通点とは?  まず、第一に特徴的なのが商品画像の枚数と言えるであろう。ざっと見ただけでも10枚が最低ラインといえるほどさまざまな角度からモデルの着用感を想像することができる。  特に「Bongja」は水着の商品画像を撮るためにセブ島ロケを決行する等、ファッション雑誌顔負けのクオリティーの高い写真を1アイテムごとに掲載している。週に4~5回行われるというロケ撮影では、雰囲気のいいカフェやウィンドウショッピング中のような町並みを選ぶことが多く、その写真がユーザーにとって『自分の日常的なシーン』を連想させる為、購買意欲に繋がるのだと考える。  しかし韓国の冬と言えばマイナス10度以下まで気温が下がる為、「DABAgirl」では、寒さを回避する為だけに社内に撮影用のロケスタジオを完備するなど、ネット運営の比重の多くを商品写真に置いていることが見えてくる。  さらに、モデルと専属契約を結んでいるサイトも多く、サイトでの露出が増えるたびにモデルのファンも増える。中でも特にモデルの打ち出しが強いSTYLENANDAの看板モデルSORAちゃんのinstagramのフォロワーは116万人を越え、サイト内の『レビュー機能』でも“SORAちゃんの髪型が可愛い!”“SORAちゃんを真似したい”と書き込みがあるなど、アイコンとしての存在感を高めている。  つまり、目的買いではなく「雑誌感覚」や「ウインドウショッピングを楽しむ」といった動機でサイトを訪れる人を飽きさせないのである。 ■縦よりも横に広げる商品展開  次に特徴的なのが、毎日新作が入荷し、短期間で売り切るというサイクルである。雑誌のように一ヶ月先に使えるアイテムの提案ではなく、ジャストシーズンアイテムが毎日サイトに入荷し、人気のアイテムなどは2週間以内にすべて売り切ってしまうこともあるそうだ。  アイテム数を極端に増やし、少ない在庫数で運営する方法が多く、だいたいのサイトが韓国国内に自社工場があるため、人気のアイテムが品切れしたとしても、すぐに増産することも容易いのである。 ■デメリットをカバーする「おまけ効果」  楽天やAMAZONがこれほどまでに当日発送を打ち出している中、一つだけ課題があるとすれば、配送のスピードではないだろうか。一週間で届けば早いほうで、以前私が某韓国ネット通販を利用した際は、商品を頼んだことすら忘れてしまった頃にやっと届いたこともあった。それは極端な例であるが、上記のように商品が遅延した際には“遅くなってごめんなさい”という手紙と共に、プラス一点のコスメやマニキュアがおまけとして同梱されていた。現実的な話、原価からすればコスメ一つサービスしてもたいした金額にはならないのだろうが、サイト内で「商品が遅れたら○○をプレゼント!」なんて表記がない為、“私だけ”という特別感を提供することができるのだろう。  これほどまでにサイト内でのアプローチ力が高ければ、韓国ファッション=安くて手に届く価格という定義は、サイトに立ち寄る初めの第一歩にしか過ぎず、サイトのファンとなるヘビーユーザーが生まれやすいサイクルが作られているのではないだろうか。【大田明弥】 (c)MODE PRESS 【7月16日 MODE PRESS】冬ソナを皮切りに、いくつもの韓国ドラマが日本でも注目されてきたが、その多くが「純愛」がテーマであるといっても過言ではないだろう。本連載第3回目では、アジア圏のイタリアと呼ばれる程、恋愛にまつわる風習の多い韓国の恋愛観とカップル文化を探っていこうと思う。 ■たくさんのカップル記念日  まず始めに驚いたのが女の私でも覚えきれない程の記念日の数である。 バレンタインデーを始めとし、3月14日はホワイトデー、4月14日はブラックデー、5月14日はローズデー、6月14日はKissデーといったように恋愛に関する記念日イベントが毎月14日に用意され、それぞれの記念日にきちんとしきたりが用意されているのもまた面白い。その中でもブラックデーは韓国特有のイベントとも言われ、バレンタインデーやホワイトデーで贈り物を受け取れなかった人、恋人ができなかった人同士が黒い服を着て集まり韓国の真っ黒なジャージャー麺を食べる日とされている。  さらには、日本でも馴染みのある11月11日のポッキーの日までもが恋愛の記念日となっている。ポッキーでハートの形を作り、それを好きな人や恋人にプレゼントするといったイベントだという。また、韓国ではポッキーではなく「ペペロ」という商品名で売られているため、ペペロデーと言われ、ペペロデーが近づくと、スーパーやコンビニだけでなく、洋服屋さんや文房具店までもがペペロ一色になり、国民的行事と呼べる程に成長しているのだ。 ■100日記念日  付き合い始めた日を記念日とし、毎年その日をお祝いするカップルは日本でも少なくないだろうが、韓国には付き合ってから100日目を祝う「100日記念日」というイベントが存在する。  今回のコラムを機に韓国人ブロガーを検索してみたところ、100日記念日のお祝いは、レストランで食事をするといったディナーデートのような内容ではなく、オシャレなカフェで彼が彼女にピアノ演奏や、歌をプレゼントするなど、まるでドラマのような演出を楽しむカップルもいるようだ。 ■100に込められた意味とは・・・?  また、韓国では、100日記念日の他、入試試験の100日前に受験生が「遊びおさめの酒」を飲んだり、徴兵中の軍人が入隊後100日目に最初の休暇をもらえたり、イベントのカウントダウンが100日前から始まったり、子供の誕生100日目を祝う百日というお祝いがあるなど、100にまつわる習慣が何かと多いように感じる。  それは、100という数字は「完全」を意味し、100日後も何事もなく、ことがうまく運ぶようにという願いを込めるのだそうだ。 ■カップルファッションからみる韓国のカップル事情とは?  頻度はさほど高くないが、日本に比べて遥かに多いのが、ペアルックを着てデートするカップルである。特に20代前半くらいの若いカップルに多く、お揃いのTシャツでコーディネートすることを「カップルティー」と名前がついているほどである。  また、日本と比べて街のショッピング街に下着屋さんの路面店が多く並び、ウィンドウには、お揃いの下着を身につけさせたカップル風のマネキンをディスプレイさせている。  さらに、韓国のカフェやフード店に行くと「恋人席」と呼ばれる席があり、恋人たちが隣同士で座れるように用意されていることもある他、携帯会社の料金プランにも「カップルプラン」といった深夜間の通話が無料などといったサービスがあるほどカップルに寛大な体制が整っているようである。  カップル用ソーシャルアプリ「Between」は、韓国の若いカップル5組に1組が使う程に成長した(2012年12月調べ)のもまた興味深い。 ■アジア圏のイタリアと呼ばれ・・・  一般的に、「韓国人男性はレディーファースト」と言われているが、さすがに個人差があるように思う。しかしこれだけカップルの為の環境が整っていれば恋愛をオープンに楽しむことができるだろう。記念日の贈り物やサプライズには時間やお金を費やしてしまいそうだが、恋人がいないとたくさんの記念日イベントに参加できず、少々肩身が狭い思いをしそうだ。 次回のテーマはファッションに戻り、韓国のECサイトについて探っていきます。【大田明弥】 ■取材協力/エノク氏 (c)MODE PRESS
【6月17日 MODE PRESS】海外メディアが取り上げるような日流ブームは、フランスのジャパンエキスポなどきゃりーぱみゅぱみゅのような「原宿系」ファッションから漫画から飛び出してきたようなコスプレイヤー、または日本のアイドルAKBなどを思い浮かべるが、韓国における日流ブームはそのどれもが違うようだ。 ■日本の韓流ブームとのギャップ  まず、日本における韓流ブームと言えば、K-POPの影響が大きいといえるだろう。少女時代のミュージックビデオのような派手で個性的な衣装や、BIG BANGが身につけているMCMやBOY LONDONなど“ファッション”が今や時代を反映させた代名詞となっている。しかし当の韓国ではそのようなファッションの文化は薄いようだ。 ■歴史的背景から観る日流文化  韓国は戦後、自国文化の保護などの理由のため「日本の大衆文化の流入制限」という法律を制定し、自国の地上派テレビにおける日本のドラマ・映画、日本語の歌の放映を法律で強く制限していたが、2004年の第4次解放を機に日本の大衆文化が解禁されてきた。現在では、NHKのみならず、日本の番組を専門に流すチャンネルJが存在し、日本のドラマや映画からファッションを参考にすることができるのである。 ■洗練されたNIPPON FEEL  韓国の女性ファッション雑誌「SINGLES」では、コレクションスナップやタレントのファッションページの中に何ページにも渡り「日本のメイク」特集が組まれ、日本でもモデルとして活動する羅ゆみさんがモデルとなり、KATEなどの日本製品を使ったメイク方法が紹介されている。  ファッションに興味を持っている人の約半数が、日本女性のファッション文化に関心があり、日本のViViやCanCam、JJを参考にしているという。韓国では、コンサバ系=美人というイメージがあり、エビちゃんやモエちゃん、佐々木希など「綺麗で可愛らしい」「華奢で女性らしくて優しい」という日本女性像が憧れの的になり、そのような洗練されたスタイルを「NIPPON FEEL」と総称している。  しかし、NIPPON FEELといっても、学生は学生らしくという風潮がある為表立ってはできないというのも現状。話は少し逸れるが、学歴社会が根強く残る韓国において、受験生の勉強時間は驚異的なもの。今年の1月から通っている韓国語スクールの先生は、朝8時から夜10時まで学校へ行き、自宅へ戻り夜ご飯を食べたあと夜の12時から夜中の3時まで塾へ行く、という生活をしていたのだ。日本へ来た韓国人が口を揃えて、平日の夕方に女子高生が制服で遊んでいることに違和感を感じると言っていた程だ。  K-POPからみる韓国ファッションと実際の韓国トレンドにはギャップがあるが、度々訪れる日本人観光客がある意味ファッションアイコンとなっているのかもしれない。 次回は、韓国人の恋愛事情について探っていきたいと思う。【大田明弥】 ■取材協力/鈴木ひろみ (c)MODE PRESS 【5月20日 MODE PRESS】大田明弥の平成カワイイ論から2ヶ月が経ち、今月から半年の間、隣の国「韓国」の若者たちについて探っていきます。私自身、韓国のモードファッションやカルチャーにとても興味があり、韓国語スクールに通っています。語学を学ぶにつれ韓国独特の若者文化が見えてくることがあります。 ■オルチャンを探る  以前私の連載のなかで、「変化するファッションの楽しみ方」でご紹介したオルチャン文化は今も実在している。  オルチャンとはSNS上で有名になったいわゆるネットアイドルを示す言葉だが、その中でも有名なオルチャンはテレビに出演するなど、メディアからの注目度は高い。しかしテレビに映る姿と、オルチャン自身がSNSで発信する本人の姿とでは、大きなギャップがある場合が多いそうだ。  そもそも「オルチャン」はオルグル(顔)とチャン(最高/一番)を略した造語であり、直訳で「最高の顔」という意味をもつ。チャンと付いていることから女性を指す言葉と受け取りがちだが、男女ともに美しい顔を示す。そこで彼らはPhotoshopを使い、瞳を大きく顎を細くとんがらせるなど自分で自分を理想のオルチャンに加工して発信しているのである。そしてそれも国民的に周知の事実なのだという。 ■オルチャンの加工技術とは?  今年の3月に日本に来たばかりの韓国人の友人によると、オルチャンの発祥は今から約15年前。その頃はPhotoshopで一切加工を加えていない美しい顔の人を「オルチャン」と称していたそうだ。  現在、日本よりもネットやパソコンの普及率が高いと言われている韓国だが、独学でPhotoshopを使うのには限界があるだろう。私自身、大学で週に一度、半年間の講義を終えてやっと基礎知識を身につけた程度である。10代~20代前半のオルチャンたちは、基礎からさらにステップを重ね、最近では顔まわりだけに留まらず、脚まで長く加工しているようだからその技術の高さ?に目を疑う。 ■進化していくオルチャン・・・  前述の疑問はすぐに解決した。どうやら、Photoshopの塾があるというのだ。そこではもちろん、オルチャンになるための加工技術を取得することができるし、また最近では、特別な知識がなくても簡単に画像の加工ができる「Photo wonder」というスマホアプリが主流となってきている。実際に試してみるとタッチパネル上で簡単に頬の肉を修正し、目の大きさやウエスト周りを細く修正することができた。  以上をふまえても、韓国の加工美への追求は日本よりも深く、その声は韓国第一位でいまや世界規模で支持されている電気メーカー「サムスン(SAMSUNG)」の製品にも反映されている。今回の取材に協力してくれた韓国人の友達のダンビちゃんが持っているサムスンのデジカメには、レンズの横に液晶のウィンドウがあり、自分のベストショットを確認しながらカメラのシャッターを切ることができる。  これを日本では自分撮りと言うが韓国では「セルカ」と呼び、K -POPアイドルたちも自身のセルカをSNSで公開するたびエンタメニュースとなっている。 ■日常的なセルカ  このセルカというものは必ずしもオルチャンやK -POPアイドルなどの著名人のための言葉ではなく、ごくごく一般的に使われている。例えば一緒に食事をしているときにも、突然セルカを始め、そのセルカショットをSNSのアイコンにするという。  韓国へ観光に行った際、あまりかっこ良くない人がセルカをしていても、どうか変に思わないでほしい(笑)。  次回、ニュースでは放送されないリアルな韓国のカルチャーを探っていきます。【大田明弥】 ■取材協力/ソル・ダンビ column_space

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【2月12日 MODE PRESS】2月も半ばに差し掛かり、ショップのウィンドウはバレンタイン一色。春色のワンピースを買って、彼とちょうどいい身長差になるヒールを選んで、新作のリップをチェックして…2月14日を理由に思いっきりオシャレを楽しむ絶好の機会である。今回は、ファッションにおける女性らしさについて、探っていきたいと思う。 ■ モテを狙うことが宿命? 私たち世代に例えると、学生の頃、赤文字系の雑誌に埋め尽くされていた言葉は、『モテコーデ』や『自分磨き』、『女子力アップ』だった。 中でも印象的だったのは、目立ってナンボのギャルが、正統派モテコーデ&モテメイクに大変身した企画である。編集企画とはいえ、髪を自然な茶髪に染め直したゆるふわウェーブヘアーに花柄ワンピを合わせ、優しいブラウンのシャドウにまつげをビューラーでカールさせたナチュラルメイクと、別人のような姿で微笑んでいる姿に衝撃を受けた。 自分磨きをして綺麗になれば、いい人(?)と巡り会えて玉の輿に乗れてこの先の人生HAPPY、だからオシャレをしようという一連の理由に基づいたものであった。 しかし、いくら学生とはいえ、日々さまざまな経験をすれば、玉の輿がゴールとされる受け身の考えでは女性としての幸せを掴めないことを知り、モテコーデを真似て不特定多数の異性にモテたところでそこに待っているのは、本当の幸せではない事も想像ができる。 誰が振り向くかもわからないモテコーデを忠実に守り抜くより、たった一人の好きな人のために『自分磨き(=ダイエットやお料理教室に通うなど)』をしたり彼の好みをリサーチしている女性のほうが魅力的に感じる。 ■ 異性モテではないモテ 前回のコラムでは「年齢」をテーマに探っていったが、学生の頃植え付けられた『自分磨き精神』やいつまでも自分らしくありたいという女性としての美意識の目的は、必ずしも「異性モテ」ではない。女性のクローゼットのなかに1着はあるであろうボーダー柄のアイテムが、異性ウケしない!?と言う説が真実かどうかはさておき、当時の『モテコーデ』を忠実に守っていれば、私たちのファッションはここまで多様化しなかったではないだろうか。 ■ オシャレを一緒に楽しむ、女友達という審査員 最近では、レストランや居酒屋さんに「女子会プラン」という私たち女性にとっては嬉しいプランがある。女性だけで来店すると特別なサービスが受けられるというもので、限定のスイーツが1品ついたり、中にはシャンパンボトルが1本サービスなんていうお店もあるくらいだ。 女子会って何をするの?と言われれば、女子が集まってお喋りするだけなのだが、時にはドレスコードを決めて、何でもない金曜の夜をうんとドレスアップして過ごす日もある。そんな時、女性同士の集まりのほうがファッションやメイクに気合いを入れることが多いのではないだろうか。新しく買ったカラコンを身につけても、似合わなければ変!とはっきり評価を受けられ、友達のバッグが可愛ければどこで買ったの?と情報交換の場になり、双方で高め合う事ができるのである。つまるところ、“着たい服を着る”というモテコーデそっちのけの根本的な話になってしまうが、その人らしい装いこそが、女性としての魅力を存分に引き出してくれるのではないだろうか。 【大田明弥】 【1月15日 MODE PRESS】大田明弥の平成ガーリー論、第5回目となる今回は、年齢を軸にファッションを探っていきます。 日本には「年相応」という言葉があるように、「年齢」に対した理想的な姿があるのではないかと考えています。しかしその年齢の「基準」は誰がつくっているのでしょうか? ■若返るカリスマ  10年前、私が高校生だった頃、ファッション誌の表紙を飾っていたのは、いわゆる「カリスマ」、浜崎あゆみ(Ayumi Hamasaki)か倖田來未(Kumi Koda)といった20代前半の歌手だった。  しかし現在、私は彼女たちの年齢をゆうに通り越して、思うことがある。前回のコラムでもお話しした通り、経済を揺るがす程の圧倒的なカリスマはいないにしても、10年前のカリスマは未だに健在し、それどころか梨花(Rinka)や平子理沙(Risa Hirako)、安室奈美恵(Namie Amuro)のような30代後半から40歳くらいの女性が20代前半の読者をターゲットにする雑誌の表紙を飾っている。  カリスマとマスの年齢が遠ざかれば遠ざかる程、金銭感覚やライフスタイルが異なるのは明らかだが、なぜ今も尚、支持され続けているのか。  もちろん、彼女たちに魅力があるのは周知の事実だが、マーケティングの分野では、F1が20~34歳、F2が35~49歳、F3が50歳以上とはっきり区切られているのに対して、F1層の雑誌にF2層が表紙を飾るのは違和感がある。 ■平均化されていくファッション  その理由のひとつに、ファッションの購買傾向にヒントがあるのではないか。実際に購入するブランドや選ぶ素材など、全体的な投資価格は異なるにしても、「流行りの色」や「アイテム」に『年齢』という概念がないのが現状である。  一時、「シャネラー」という言葉が流行った全身ブランド志向から、1点豪華主義に変化していき、他のアジアの国と比べて、貧富の差が少ないと言われている日本では、20代前半の一般女子でもバイト代やボーナスを使って数十万円するコレクションブランドのIt Bagを購入できる。1点豪華主義の「HIGH & LOW」のミックススタイルの定着により、オシャレに気を使う日本女性の年齢の境目をさらに見えにくくさせたように感じる。 ■50年間で約15歳も年を取っていることに気づいていない!?  さらに根本的なところを探ると、食生活や医学の発達により、日本が長寿国であることも関係していると考えられる。  ネットの検索でヒットした世界開発指標(参照リンク1)によると、1960年には67.67歳だった平均寿命は、2010年には82.93歳まで延びているそうだ。私が生まれた1987年から約4~5歳も平均寿命が延び、50年前と比べると15歳以上も延びているのに対し、私たちが「年相応」とする平均的な姿はまだ延びきっていないのではないかと考える。 ■これからの年相応とは?  多くの女性は、20代に差し掛かったあたりから始まる肌質の変化に、若さは永遠ではないことを自覚し始める。しかし従来の年齢や世代区別に捉われない、自由なファッションやライフスタイルを提案するカリスマたちをお手本に、年齢を重ねる楽しさを学んでいきたい。【大田明弥】 【12月10日 MODE PRESS】前回、日本人コンプレックスによるギャルの誕生、リアルクローズについて探っていったが、日本におけるファッション文化の発展は、もちろんギャル文化だけではない。日本のマスメディアの特性としてファッションをスタイルごとに〇○系と細分化する傾向にあったが、最近ではその系統ごとの境界線がうっすらと見え辛くなっている。 -変化する「憧れ像」  前回のテーマに例えると、元祖ギャル系要素でもある「カラコン」「金髪」の2つを取っても同じで、ギャルの反対語のように扱われていたいわゆる原宿系の女の子も用いているのだ。それらの要因は、従来のブランド志向が衰退したということと、ファストファッションブランドの台頭が大いに関係していると考える。  「トレンドど真ん中のデザイン」と「誰にでも手が届く価格帯」によって、今まで手にしなかったアイテムに挑戦することができるというのも理由のひとつではないだろうか。また強烈なファッションアイコンが不在な中、マスの憧れの的にも変化ができてきている。 -賢く贅沢を手に入れる楽しみ  溢れかえるモノの中で、次に私たちが趣をおけるのは日常を贅沢に演出するようなシチュエーションだろう。特に20代も半ばを過ぎると結婚式や二次会に出席する回数も増えてくる。facebookなどでシェアされることを考えると、何度も同じドレスを着回すわけにはいかない。しかし毎回装いをそろえるのは、金銭面も含めなかなか難しい問題である。  そんなときに役立つのが「ドレスのレンタルショップ」で、トータルコーディネートを一式レンタルできるというサービスだ。なかには現役スタイリストがコーディネートしてくれるというシステムを提供するショップもあり、自分だけのコーディネートという特別感を楽しむことができる。その他、映画SEX and the CITYにも出てきたようなハイブランドのバッグをまるでDVDのようにレンタルできるレンタルショップも日本でも徐々に普及してきている。非現実的をバーチャルと例えていえば、SNSというツールもまた同じと言えるだろう。 -個人が「提供」する楽しみ  ブロガー元年と言われた2012年も残りあとわずか。海外ブロガーの代名詞ともいえるルミ・ニーリーのような強烈なファッショニスタはいないにしても、「ブロガー」や「ファッションブロガー」という言葉の認知度が増えたのではないだろうか。  ブログやSNSをツールとして、「個人」がメディアを持てる時代になったように、今後は、個人が運営する販売経路が発展していくと考えられる。つまり、独自のECサイトである。  ネット普及率が日本よりも上回る韓国では、オルチャン(日本に例えると読モやブロガーのような存在)がそれぞれのECサイトを運営していて、個人が運営するECサイトの数は約3000件ほどある。またその市場は120億円だとも言われている。 -先日のある出来事  友達と二人で鏡越しにiPhoneで撮影した写真をツイッターに投稿したときのこと。その写真に写っていた友達が私の投稿を公開リツイートしたところ、その友達宛に“写真に写り込んでいたミニーちゃんのiPhoneケース”を「ほしい!」というリプライが複数件あったそうで、どこで購入できるのか彼女は質問攻めになっていた。  さらに、ほんの数時間後にその中の一人の外国人女性が同じiPhoneケースをオークションで落札したという報告のリプライまであり、私たちは驚いた。  海外から日本のアイテムを探すといっても、実際購入まで辿り着くにはそうそう簡単ではないだろう。彼女はその数時間の間、どれほどの検索をかけたのだろうか。ブロガーである私自身が、もしも販売経路を持っていたら、即座に彼女へ商品URLをリプライできたのにと考えた。  ECサイトの立ち上げにはいろいろな問題がありそうだが、最近では、「顔面広告」で話題となったliberty社が、ネットショップを無料で作成できる「Base」というサービスをスタートさせた。前述のオルチャンのように、私たち「個人」が世界共通語「東京カワイイ」をダイレクトに販売する日も近そうだ。【大田明弥】
【11月12日 MODE PRESS】 ―コンプレックスがギャル文化に繋がる 前回のコラムでもお話したように、ロシアの研修ではいろんな発見があり、その中でも印象的だったのはロシア人学生の中でも一番仲良くなったウリアナと何気ない会話をしていたときのこと。 ウリアナは透き通った白い肌に青い目をして、ヘアーはゴールドをベースにハイライトとローライトのメッシュがいい感じに混ざりあった、いわゆるブロンドヘアー。とはいえ私の中でロシアといえば2人組の歌手「タトゥー(Tatoo)」のイメージがあった為、ふと気になって「そのヘアカラーは美容院でやったの?」と聞いたら「一度もカラーリングはしたことはないの」と言う。「私は自分のヘアカラーが気に入っているの。いろんな色が混ざっているけど私のナチュラルな色よ」とウリアナ。かくいう私自身、常にカラーリングをしているので、黒いはずの自毛をかれこれ10年以上も見ていない。生まれ持った自然のままの自分を愛するロシア人のウリアナと、あれやこれやと手を加えて進化させてしまう日本人の私では、そもそものポリシーやこだわり、根本的な意識に大きな違いがあることを痛感させられた。 そもそも、現代において、髪の毛の色が黒かろうが、茶色かろうが、ましてや金髪だろうが、生活する上では特に国籍や生まれ育ちを意識することはない。しかし、周囲を見回してみれば右を向いても左を向いても、みんな髪の色が自毛の色とは違う。もはや無意識に、(いや、意識しているからこそ?)髪はカラーリングするもの、というルール?が若い女性たちのあいだでは認識されているのも事実だ。 ―無意識に憧れを抱く「外国」 話は変わって、日本は戦後、民主化が進むに連れて価値観も変化してきた。50歳過ぎの私の父に言わせると、子供の頃「ビーバーちゃん」という米ホームドラマを初めてテレビで見たとき、大きな牛乳瓶や車、冷蔵庫、スタイリッシュな自転車に相当なカルチャーショックを受けたのだとか。父は後にアメリカに憧れて1年ほど留学したそうだが、その理由を改めて聞いたところ、音楽はもちろん、遊び(ボウリングやビリヤードなど)やライフスタイルそのものに誰もが憧れる存在、それがアメリカだったというのだ。 そんな時代背景を持った両親から生まれて、20歳まで渋谷で育った私の街には、小学校に入学した頃から1歩外にでればギャル。右を向いても左を向いてもギャルがいた。その誰もが、ロシア人のウリアナのようなヘアカラーで、目には色素の薄いカラコン、まつげはバービー人形のようにカールさせ、目のあたりは「彫り」が深いどころでは済ませられないほど真っ黒にアイラインが引かれていた。 小さな体は厚底靴とミニスカで全体のバランスを取り、独特の言葉(ギャル語)を用いて会話をする。その姿はまるで外国人だ。 父の時代には遠い異国に大いなる憧れをもつ一方で、今は古き「カリスマ店員」や「読者モデル」といった、身近な有名人に憧れを持つギャル。ギャル文化に関しては、これから先も多様化していくと思うが、日本人特有の手先の器用さや繊細さによってますます洗練されているように感じる。 ―次なる東京的ギャル文化 ギャル文化とひと言でいっても、ここ数年でさまざまな変化があった。これまでのギャル系ブランドのファッションショーといえば、「東京ガールズコレクション(TGC)」を思い浮かべる人が多いかもしれないが、今巷で主流になりつつあるのは、それとは全く別の「タッチミー(touchMe)」なのだ。参加者がチケットを購入し、観覧するTGCとは反対に、完全招待制で行われる。マークスタイラー主催の完全招待制ファッションショー「タッチミー(touchMe)」では、仏のファッション誌「ジャルーズ(JALOUSE)」編集長ジェニファー・エイメールがスタイリングを手がける。ランウェイには、エビちゃんはじめ、有名人気モデルたちは一切登場しない。あくまでも服が主体なのだ。 これらのファッションショー形式は、これまでの人気モデルやタレントありきのスタイルと比べても明らかであるように、さらに進化した次なる東京的な「リアルクローズ」の概念を打ち出していくことになるだろう。 ちなみに、ショー会場で友人がふとこぼした言葉で、ちょっとした違和感が解消された。 「ここに居ると金髪じゃないほうがおかしいってくらい皆して金髪じゃない?」 そう、会場にいる1万人余りのうら若き女性たちのヘアカラーが、ほとんどといっていいほどに、金髪または茶髪だったのだ。そんな現実を目の前に、笑いがこみ上げてきた。原点は、外国への憧れだったはずが、いつの間にかそれらは“東京スタイル”へと進化を遂げている。ギャル文化は、時代に合わせてさまざまな形へと変化をしている。【大田明弥】 -プロフィール- モデル兼デザイナー兼ブロガー。1987年生まれ。杉野服飾大学卒業と 同時期に「リメイクができるモデル」として注目され、ブログへのアクセス数が急増。1日最高84万アクセスを記録したのち、リメイクブロガーとして「東洋 経済」やNHK「東京カワイイTV」などへ出演。現在は、企業や多数のアパレルブランドとコラボシリーズを発表するなど、デザイナーとして活動中。 (c)MODE PRESS 【10月9日 MODE PRESS】「可愛い」は、幼いものや小さいものに対する情愛や愛着などを表現する意味合いとして使われ、本来は目上の高齢者や成人男性を「可愛い」と表現するのは失礼とされてきた。 ■可愛いとは何者か。  しかし現在では、子犬や子猫はもちろん、ケーキや洋服だけでなく、年上の女性や年下の少年にも「可愛い」は褒め言葉として通用するということである。また物に限らず、「ルミネ」の広告ならば、キャッチコピーの“言葉”ですら「可愛い」と言えるかもしれない。※参照リンク(1)  「何にでも可愛いと発言する人は自分を一番可愛いと思っている」そんな、日本人女性を全員敵にまわすような発言をした男友達がいたけれど、そういった心理学的な話では全くないため、その名言(?)は聞かなかったことにした。しかし、彼の発言から一つだけわかる事があった。  男性には、とうてい理解できない言葉なのだろう。  「可愛い」の定義は、他の言葉に置き換えられない程複雑な表現を表している。例えば英語に訳すとき、「CUTE」とも違えば「SWEET」とも違うが、私たち日本人からすると、英語圏にだって「可愛い物」がたくさんある。ポップな色使いの雑貨や、見た事もない色合いのカラフルなワンピース。憧れのブランドのコレクションラインなどなど・・・ でもそれを英語圏の女性は「KAWAII」とは例えないことは確かである。 ■「KAWAII」と「TOKYO KAWAII」  ただでさえ説明し辛い「カワイイ」がローマ字になり、おまけに日本の大都市までくっついている「TOKYO KAWAII」。しかしローマ字になった「KAWAII」の説明は簡単だ。 漫画やアニメのキャラクターなどの日本文化に対して使われる言葉であると一般的に解釈され、先日パリで行われたジャパンエキスポにもAKB48などが出演し、日本でいう秋葉原の文化を指す言葉なのである。 ■リアル「TOKYO KAWAII」との出会い  少し話は逸れるが、大学時代、ロシアにある繊維大学で行われた「学生ファッションコンテスト」に自分の作品を出展した事があった。短期研修という形で私以外は全員男、5名の生徒と引率の先生2名でロシアへ渡った。そのときの私の作品は、「究極のガーリー」。それも『東京らしいリアルクローズ』をテーマに制作したピンク色のバッグだった。  このピンク色のバッグには、忘れられないエピソードがある。もともとは、「学生ファッションコンテスト」の為に制作したのではなく、大学3年時の「学内コンクール」という、学生同士が作品を学内で出展し、全教授から評価をもらう、という課題のために作成したものだった。結果から言ってしまえば、私の作品の評価は散々たるものだった。  「ピンク色が幼稚であり、見ていられない」  私のプレゼン中、そう言って席を立とうとしたのはファッション文化論の教授だった。今でこそ思い出話だが、深く傷ついたことだけは覚えている。納得がいかなかった私は反論の論文を作成した。  しかし提出するのは止めた。  ファッション「文化」論のスペシャリストには理解できない、今の日本・東京の空気、そして“リアルTOKYO KAWAII”が私の中にはあるのだということをプラスに捉えることで自分自身納得したからだ。ありがたいことに専攻していたコースの教授が高く評価してくださったこともあり、見事ロシア行きの切符を手にすることができた。 ■ロシアでまさかの「TOKYO KAWAII」  言葉の通じないロシアは、心細さからのスタートだった。到着の翌日からコンテストのリハーサルが始まり、そのとき日本人は私ただ一人。舞台裏でステージのランウェイに出るタイミングもわからなければ、何か言われても言葉すら理解できない。そんなとき、その不安をかき消すような言葉が後ろから聞こえてきた。  “TOKYO KAWAII” —  反射的に振り向くと私のピンク色のバッグを指差してニコニコ笑っていた。それから他の女学生がどんどんと集まって、私は「TOKYO KAWAIIの人」になった。  この研修を通して出会ったロシア人の半分は、英語を話せなかった。世界中で多くの人が「英語」を話す時代に、その英語さえも通じない土地で、文化交流のきっかけになったのが「TOKYO KAWAII」という言葉だとは、私自身思いがけなかった。  なぜ、私の作品を「TOKYO KAWAII」と言ったのか聞けば、「TOKYO STYLEでしょ?」という答えが返ってきた。ロシア人女学生曰く、ピンク色はちょっと幼稚でセクシーさには掛けるけど、細かいディテールがTOKYOらしいという。  現に、ロシア人学生のコンテストの出展作品を見てもそれは明らかだった。大胆にスリットの入った大柄のドレスや、プラスチックをつなぎ合わせて仕立てたドレスや、大きなモチーフのついたスカートなど、舞台映えはピカイチ。それに比べて、日本人学生の作品は、遠くからみると黒い無地に見えるような地味なカクテルドレスに、おなじ日本人の私でさえもギョっとしてしまうような繊細な刺繍が連なっていた。生地を1から編んで作り上げた学生の作品もあった。こういった感性が彼女たちの言う「ディテール」なのだろうか。  とはいえ、このコミュニティだけ特別に日本に関する知識があるのかと思い、TOKYOの名所?のひとつである「109」や「ラフォーレ」を知っているかと試しに聞いたところ、全員が知らないと答えた。ちなみに渋谷や原宿という場所も知らないそう。 ■これからの「TOKYO KAWAII」  「TOKYO KAWAII」は、「21世紀世界で最も知られるようになった日本語」とする意見もあるようだが、まさに私自身がそれを体験できたのは貴重だったかもしれない。前述で例にあげた国とはまた別に、「アジア」という地域にも広がりをみせている。シンガポールの有名ブロガー「シャーシュエ」や香港ブロガーの「チージー」もこぞってTOKYO LOVERを公言している。チージーちゃんに至っては日本語もペラペラで、先日RUNWAY CHANNELで日本語のブログもスタートさせた。  このように、母国の言葉が浸透して行くのはとても嬉しい事だが、「TOKYO KAWAII」という言葉だけがカルチャーとして一人歩きして行くのではないかと少々不安も感じる。  次回は、日本女性独特のファッション感覚について探っていきます。【大田明弥】 -プロフィール- モデル兼デザイナー兼ブロガー。1987年生まれ。杉野服飾大学卒業と 同時期に「リメイクができるモデル」として注目され、ブログへのアクセス数が急増。1日最高84万アクセスを記録したのち、リメイクブロガーとして「東洋 経済」やNHK「東京カワイイTV」などへ出演。現在は、企業や多数のアパレルブランドとコラボシリーズを発表するなど、デザイナーとして活動中。 (c)MODE PRESS 【9月10日 MODE PRESS】物心ついた時から、私には自分なりの“こだわり”が常にあった。良くも悪くも、周囲の目を気にしてこなかったし、どういう状況においても、“私らしく”ありたいといつも思ってきた。その甲斐(?)あって、順調に身長(気がついたときには170cmあった!)とともに私は伸び伸びと成長し、中高卒業後、自分らしさを追求するため服飾系大学に進学した。そして、いま私は様々な企業やブランドとデザインの仕事やプロデュース業に携わる機会に恵まれている。今回、MODE PRESSではすでにスタートしている「TOKYO CLOSET」というコーディネート紹介の企画以外に、月1の連載枠をいただいた。私にとって初めての文章による連載、第1回目は、「ヴィヴィッドカラーの教科書が教えてくれた、未知の可能性を秘めた平成生まれ世代」。 -たった6歳差が衝撃を生む  私には4歳下の弟(21歳:平成3年生まれ)と6歳下の妹(18歳:平成5年生まれ)がいる。子供の頃の記憶というのは恐ろしいもので、当時のいろいろな出来事を今でも鮮明に覚えている。妹が生まれたその日の出来事にはじまり、1995年頃のある日の出来事などなど。なかでも衝撃を受けた記憶のひとつに、まだ幼稚園年少組だった妹が当時自宅にあった四角い、まだオシャレとは程遠い角張ったマッキントッシュを使いこなし遊んでいる姿を見たときのことだ。弟と妹という存在は不思議なもので、新しいモノを次から次へと真似して覚えていく。時には、私を遙かに超えてしまうこともある。この6歳差の存在が意外と侮れない。社会に出てしまえば、さほど感じることのない6歳という年の差が、身近な姉妹という存在だと尚更、さまざまな点において衝撃を受ける。さてこの平成5年生まれの妹、小学生にもなれば、緊急用にとピンク色の携帯電話を持ち歩き、中高生にもなると「お昼休みはワンセグで昼ドラ鑑賞が日課」と言い出すのだから、驚きだ。 -“大仏”と戦い続けた学生時代から一変  衝撃ついでにもう一つ。AO入試で服飾大学へ進んだ私とは対象的に、一般受験で大学進学を決めた当時高校3年生の彼女の部屋には、いつもカラフルな本が置いてあった。こっそり部屋に入って机の上にあるその本と手に取って驚いた。そこには「数学3」というタイトルがあって、表紙はオレンジ色。ひとつ下に重なった黄色の本には「数学C」というタイトルが書かれている。黄色といっても控えめなクリーム系の黄色ではなくではなく、パキッとしたヴィヴィッドなイエローなのだ。教科書もずいぶん変わったな・・・・と正直驚きを隠せないほどだった。  教科書ほど、見た目より中身が大事なものはないけれど、私が使っていた教科書には、とてもリアルな大仏が表紙のものなんかが当たり前だった。その大仏にさえ不満を覚えるほど、ありきたりな“教科書”の存在に多感なお年頃の私は嫌気が差していた。教科書だって、もっとかわいければ・・・もっとおしゃれなら・・・・やる気も起きるのにと。そんな私の不満は、なんだったのだろうか。6歳年下の妹が使っている教科書は、なんともかわいいじゃないか! -物足りなさの中から生まれたカスタマイズ  リアルな大仏が表紙の教科書を見る度に、溜息が溢れてしまうのに、テスト前ともなれば、テンションはさらに下がる。なんとか無理矢理やる気を出そうとした私は、ノートや教科書を、ひたすら自分流にカスタマイズした。ファッション雑誌のページみたいにコラージュすることで、年号や数式を覚えた。私なりに工夫を凝らして、ありきたりな味気ない、いわゆる“教科書”と“大仏”と折り合いをつけ学生生活を過ごした。まぁ、担任の先生からは「大田さんらしいね・・・」と苦笑いされたが。  別に、大好きなピンク色やドット柄、星柄やハート柄・・・じゃなくてもいいけれど、逆に駄目な理由は何なんだろうか。「見た目のモチベーション」には心理的効果があると思う。どんなにいいものでも、パッケージにその良さが出ていなければ人の心は掴めない。それと同じだと思う。学年が変わるたびに選ぶ余地もなく購入することになる教科書には、中身をそのまま表紙にしたものではなく、それを手にする生徒ひとりひとりの学生生活を彩るような工夫があっても良いのではないだろうか。私はもう『学校』を卒業したので、いまさら大問題だと騒ぐわけではないけれど、妹の姿をみながら、いろいろな事を考えさせられる。 -未知の可能性を秘めた平成生まれ  その妹も今は大学に進学し、薬学部を専攻している。ヴィヴィッドカラーの教科書は、iPadに替わり(学生に全員支給。この時点でさらに驚く)、教科書?の中身は無料アプリをダウンロードするのだという。ここでも、たった6歳差なのに・・・と面食らってしまう。とはいえ、冷静に考えれば妹より後に生まれたすべての人たちには、それまでとは違ったモノや情報、価値観が当たり前ものとして目の前にあるわけだから、ある意味彼らには未知の可能性を感じる。  この連載では、昭和62年(1987年)生まれという微妙な立ち位置の年齢を代表してこれまで私が感じた物足りなさや自分探しの方法などを、様々なシーンにおいて、時に面白おかしく、時にシビアに、世知辛い現実とともにいろんな例を挙げながら毎回考えて行ければと思います。最近の若いモンは・・・・と言われ続けてきた“若いモン(私)”が、さらに年下の若いモンや同世代の若いモンを考える、そして知っていただくまたとない機会ですので、是非半年間おつきあいください。【大田明弥】(c)MODE PRESS

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